陽気で明るいお父さん。いつも優しいお母さん。
お父さんが色んな楽器を奏でると、お母さんがそれに合わせて舞い踊る。 最初はひとりかふたり位だったお客さんが、楽しげな曲に惹かれて集まってくる。優雅な踊りに見とれて立ち止まる。 お母さんが音楽に合わせて手拍子を始めると、お客さんも一緒になって手拍子を叩く。 ボクも見よう見まねで、調子はずれの手拍子を叩く。 一緒になって踊るお客さんもでてきて、お母さんとステップを踏んだり、適当に踊ったり、口笛でお父さんの演奏に一花添える人もでてきた。 名前も知らない町の片隅で、ボク達はいつも踊り、奏で、いくらかのおひねりを貰って、そして次の町へ行き、また踊り、奏でる…。 流れ者な一家だったけど、ボクはそんなお父さんとお母さんが大好きだった。 だけど、楽しかった家族の旅は、そんなに長くは続かなかった。 −暫くこの町で暮らそう。 お父さんが言った。 −ごめんなさいね。 お母さんが言った。 −謝ることなんてない。だって君のお腹の中には、僕達の新しい命が宿っているのだから。 そうして生まれたボクの妹。柔らかいタオルに包まれて、名前をどうしようか話し合っていた時だった。 それまで明るかった空が、急に暗くなった。 まだ昼過ぎ。今日は、こんなに暗くなるような厚い雲が出るような天気ではなかった。 −ヘンねぇ。 お母さんの間延びした声に、お父さんは部屋の窓を開けて外を見た。 外から、淀んだ空気が流れ込んでくる。 空が、見たことない位まっくらだ。異様な空気を感じ、怖くなったボクは、お母さんのベッドにしがみついた。 その時だった。 キシャアァアアッ! 窓の外から、魔物が襲いかかってきた。 お父さんがとっさに窓を閉め、大きな音をたててぶつかると、魔物は錯乱しながら飛んでいった。 窓の外には大量の魔物が飛び交い、真っ黒な雲が、円を描くように渦巻いていた。 円の中心には、この町のシンボルである、天に届きそうなほど高い塔があった。 そしてその塔の最上階が、空にぽっかり空いた穴の中に吸い込まれるように見えなくなっていた。 お父さんが様子を見てくると、部屋の外へ出ようとしたときだった。 塔の最上階から、光のすじが延びてくると、その光は瞬く間に町を包み込んだ。 ボク達はあっと言う間に光に飲み込まれた。 赤ん坊の泣き声がする。 重い瞼を開けると、ボクは地面にうつ伏せになって寝ていた。 視界に入ったのは、泥だらけのタオルに包まれた赤ん坊だった。 …このタオルには見覚えがある。 さっき生まれたばかりの、ボクの妹… ボクは泣き叫ぶ妹を抱き上げ、辺りを見渡した。 周囲は瓦礫の山だ。草木は枯れ、まるで廃墟だ。 −お父さん…? 声をなんとか絞り出して呼んでみるが、応答はない。 −おかあさぁん…! 今度は出来る限りの大声で叫んでみたが、やはり、応答はなかった。 代わりに、妹の泣く声がより高くなった。 ぽつぽつと雨が降り出し、一気にざあっと強さを増した。 ボクは妹をぎゅっと抱きしめて、雨宿りできそうな場所を探した。 どれだけの距離を走ったんだろう。 運良く、枯れていない大きな樹を見つけ、その樹の幹に座り込んだ。 妹は泣き疲れたのか、すやすやと寝息をたてていた。 どれくらいの時間そうしていたのだろうか。ボクも疲れでうつらうつらし始めた時だった。 −こんなところでどうしたの? 顔をあげると、長い黒髪の見知らぬ女の人が、不思議そうな表情で立っていた。 −お父さんとお母さんは? ボクは「いなくなった」と答えた。 −その子は? ボクは「妹」と答えた。 −…ここは、時期に危なくなる。 女の人はボクに手を差し伸べた。 −…おいで。安全なところまで、連れて行ってあげるよ。 「名前は?」 「カイル。カイル・ローゼオ。」 |