「おにいちゃぁん」
背後からの猫なで声に、少年はびくっと肩をすくめた。おもむろに立ち止まり、ゆっくりと(効果音をつけるなら『ギ・ギ・ギギギ』といったとこだろうか)振り返り、視界に少女の姿を捉える。 「な、なに、カチュア?」 その声に反応するように、少年達を先導していたもう一人の少年も立ち止まり、何事かと振り返った。そしてさらに、その周りをふよふよ空中に漂っていた黒い子猫のような生き物も動きを止め、同じ方向に目を向ける。 そして彼らの視線の先にいる少女は、うっすらとその目に涙を浮かべ、こう叫んだ。 「カチュア疲れた!おんぶして!!!」 ツインテールを揺らしぺたんと地面に座り込む少女、カチュア。 またかと、うんざり&呆れ気味のその兄…カイル。 その様子を少し離れたところから無表情で見守る少年、アスラ。…と、その使い魔である、黒い子猫の体に白い翼が生えている、魔物のイビル。 そう、「また」なのだ。 今日こそ、次の町に着きたいのだ。もうかれこれ二週間は歩き続けている。食料も底をつき、ここ数日間はろくな物を食べていない。洋服も軽くしか洗っていないし、とにもかくにも皆ボロボロなのだ。 それなのにカチュアときたら、「疲れた」と言っては休憩を挟み、「抱っこ」と言ってはカイルを困らせ、「おなか空いた」と言っては駄々をこねる。要求が通らないと泣き、叫び、のた打ち回る。見ているこっちがよりいっそう疲れてくる……。 カチュアは少年達に比べてまだまだ小さい子供だ。甘えたい盛りであることもわかる。でも、さすがにコレを立て続けにやられると、少年達もうんざりしてくる。体力の限界、疲労感がドッと出るし、怒りすらわいてくる。むしろ、こっちも泣いて喚いてわがままを言いたくなってくる。 カイルは吐き出しそうになる鬱憤を何とか呑み込み、はぁ…と溜息をついて、空を仰いだ。 意を決したようにカチュアの前に歩いていき、背を向け、すっとしゃがむ。 「ほら。」 カイルが手を招くと、カチュアの顔は、嬉しさを満面に湛え明るくなった。カイルの背にがばちょと飛びつき、カイルはよいしょとカチュアを背負い歩き出した。 アスラとイビルは、心の中でそう思った。 どちらかというと、カイル、君の方が何倍も疲れているだろうに。 早く町を見つけよう。そして、ゆっくり休もう。 すぅっとイビルは上昇し、空から町並みを探す。アスラはイビルの後を追う。その後をカイルがついて来る……… 間もなくして、カイルの背中から寝息が聞こえてきた。 カイルは立ち止まり、カチュアを起こさないように気を使いながら、ずり落ちてくるカチュアを背負い直す。少し、膝が笑っていた。額から汗も滲む。 「カイル。」 「うん?」 カイルが顔を上げると、アスラはだんだん近づいてきた。カイルの横で立ち止まると、おもむろにマントを脱ぎ始める。 「…交代。」 そう言って脱いだマントをカイルの顔の前に、ずいっと差し出した。 「えっ…いいよ、だいじょうぶ…」「じゃ、ない。」 一向に起きる様子の無いカチュアを、カイルの背中から無理やり引き離し、自分の背中に背負うと、カイルにマントを預けすたすたと歩き出した。 「あ、アスラぁ!」 待ってと追いかける途中で、べちゃっと転んだ。顔がじぃんと痛い。ついで足が痛い。しばらく動けないでいるとアスラが駆け寄ってきた。 「…大丈夫?」 その声を聞いて、カイルは泣き出した。涙と声があふれ出て止まらない。土と涙が交じり合ってどろどろのぐちゃぐちゃだ。アスラはカイルの手を握ると、そのまま引っ張りあげてカイルの身体を起こした。地面に落ちた自分のマントでカイルの顔の泥をふき取り、服についた土ぼこりも払い落とす。膝や掌をチェックし、血が出ていないか確かめる。良かった。多少赤くなっているが、傷にはなっていない。 「…歩ける?」 アスラはカイルの顔を覗き込むようにして聞くと、カイルはしゃくりながらもこくこくと頷いた。アスラは立ち上がり、カチュアを背負い直す。カイルは目を擦りながらアスラの後をついていく。 カチュアの手が、きゅっとアスラを抱きしめた。 「おにいちゃん…」 むにゃむにゃ言っている。寝言だった。 その頃イビルは、とある青年にまとわりついていた。 「だー!もうなんなんだよ!このキャットバードはー!!!」 追い払おうとするが一向に退かない。青年は頭にきたのか、イビルを追いかけ始めた。 イビルはしめたとばかりに逃げる。青年を挑発しながら逃げる、逃げる、逃げる。 少年達と青年が出会うのは、ほんのちょっと先の話だ。 |