フータインタウンは、とにもかくにも平和な町。
町の中央には、名前の由来であり、町のシンボルにもなっている大きな噴水がある。人々はそこから湧き上がる水を使ったり、そこで待ち合わせしたりと、噴水の周りにはとかく人が集まりやすい。 それを狙ってか、旅人がお店を開いたり、吟遊詩人が歌を歌っていたり、毎日お祭り気分を味わえる、一見すると…妙な場所でもある。 「…おや、嬢ちゃん、また来たね。」 商人風の格好をしたホビットの男、ネックスが目を細めて言った。 商売の準備をしているところへ、いつもやってくる女の子。 ブロックが敷き詰められている道路に、羊の毛皮で作られた布をバサッと広げると、女の子はその上に並べられていく商品をただジィ〜っと見つめていた。 「これだろ?」 ネックスは布の中からひとつの箱を取り出した。すると、女の子の目がぱぁっと輝きだした。ネックスはこの瞬間がたまらなく好きだった。 パカッと箱を開ける。中には、マントのとめ具となるバレッタが収められていた。 いつも言ってることだが…と前置きをして、 「これは『サラマンダーバレッタ』と言ってな、炎のトカゲ・サラマンダーの力を秘めている、それはそれは貴重なお宝さぁ。ここんとこの七つの赤い宝石、こうして太陽にかざしてみれば、ほのかに燃えてるように見えねぇか?」 女の子はこくこくとうなずいた。 「この宝石、なんて言うか知ってっかぁ?こっちのがルビー。そんで、こっちのちょっと黒いのがガーネット。このバレッタの台座は正真正銘の銀だ。」 女の子はこくこくとうなずいた。 「このバレッタをマントにくくりつけりゃぁ、炎に対する防御効果が得られるってわけだ。魔導師だけじゃない、いろんな輩が欲しいって騒ぐほどのシロモンだ。これがたったの金貨十枚で買えるんだぞ?ん?」 女の子はニコーっと笑いながら、腰につけていた小銭入れの袋をネックスに差し出した。 ネックスはちょっと驚いた顔をしながら中身を確かめる。 おはじきが二個。 ハッカ味のキャンディーが一個。 直径五センチはある…青のびいどろ玉。 そして、奥には…確かに、十枚の金貨が入っていた。 「フム…確かに、金貨十枚、だな。ほら、サラマンダーバレッタ。…持っていきな。」 ネックスは十枚の金貨だけを袋から取り出して言った。 正直驚いた。 自分がここに店を開いてから約十日。この子が偶然立ち寄って、サラマンダーバレッタに惹かれて来るようになってから七日あまり。 こんな大金を、どこから稼いできたのか不思議でならなかった。こんな小さな女の子が…。 「嬢ちゃん、このお金、どこから持ってきたんだい?…まさかとは思うけど、盗んできたんじゃ…。」 「ええっ?違うよぉ!カチュア、そんな事しないもん。そんな事したら、お兄ちゃんに怒られるよ。」 「じゃあ…?」 「ギルドでね、ちゃんとお仕事もらったんだよ?ああっ…と、実際にもらったのはアスラなんだけど…。」 つまり、こういうことらしい。 これを買う金が欲しくてギルドに仕事をもらいに行ったが、年齢が足りなくて断られた。しかし、友達に頼んで仕事を請けてもらって、自分はその手伝いをしたのだと。そうしてもらったお小遣いをためて、金貨十枚…。 「エーとね、お仕事はね、クリームさんのうちのお掃除とか…、妖精の森で栽培されてたマンドラゴラを取ってくるとか…。あと、フォレストスライムを退治したりとか…。」 クリームといえば、フータイン一の金持ちの家、クリーム・S・エフション!? マンドラゴラなんて、一歩間違えば命が危ない、取り扱い要注意・危険ランクSSの薬草だぞ!? フォレストスライムだって、不定形型魔物の中じゃ、上級ランクのモンスターじゃないか! いろんな意味ですごい嬢ちゃんだ…。 こんなモノのためになぁ…。 「ほら、サラマンダーバレッタ。この箱もつけてやろう。」 ネックスは宝石箱ごと女の子に差し出した。 「ありがとー!」 女の子はうれしそうだ。心が痛むほどに…。 「俺は、今日ここを発つんだ。今日で店じまい。もう会うことないかもな。」 「そうなの…?カチュア、他にももっと欲しいのあったのに…。」 「…どれだ?特別だ、嬢ちゃんにあげようじゃないか。」 「いいのっ!?」 「おう。」 数分後、女の子はうさぎがプリントされた袋を持ってホクホク顔だった。中にはサラマンダーバレッタを筆頭に、いろんなアクセサリーが詰め込まれていた。 「他にはないか?」 「え?も、もういいよ。」 …これでも、金貨十枚には及ばないのだが。 「そうだ、これもやろう。持ってると幸せになれるってうわさのある宝石だ。」 それは、女の子の手には余るほど大きい宝石の原石だった。 「ありがとう。…でも、いいの?こんなにたくさん…。」 「…そうだな、じゃあ、最後に嬢ちゃんの名前、教えてくれるかい?嬢ちゃんが大きくなってギルドの冒険者になったら、指名させてもらうから。」 ネックスは女の子の頭をなでながらそう言った。 「カチュア!カチュア・ローゼオっていうの。」 「カチュアか。がんばれよ。」 「おじさんもね!バイバイ!」 ネックスは道中時々思い出す。 フータインタウンで出会った、素直で純粋な少女のことを。 そして、謝らずにはいられないのだ。 サラマンダーバレッタ…、実はあれは偽物なんだ。さらまんだバレッタって言う、子供向けのただのおもちゃのアクセサリーなんだよ。と。 それ以来ネックスは悪徳商法をやめたという。 |